印刷会社・広告制作会社のようにほとんどが中小企業の場合、有利な条件でエグジットする(売却する)には、考えておかなければならないポイントがあります。その中のいくつかをご紹介します。
ⅰ)後継者不在でM&Aをするときに、自社の強みが将来有望であっても高く売れないケース
もしあなたが後継者不在でM&A(売却)をする場合、基本的には株式譲渡になります。つまり、今もっている自社株を100%買い手に売る手法になります。その際、オーナー権が買い手に移り、通常は買い手が新しいオーナー経営者となります。
経営者ならおわかりだと思いますが、ビジネスモデルだけが経営ではありません。法務・人事労務・財務といった管理部門が弱いと、思いがけないリスクが大きく、会社衰退や破綻の引き金になってしまいます。
例えば、コンプライアンスが甘いと、行政指導を受けて事業停止になったり、認可を取り消されてしまったり、社会から見放されて売上がみるみる落ちてしまったり、有能な人材が流出したり・・・・。このハイリスクたるや枚挙に暇がありません。
管理部門に爆弾を抱えた状態では、いくら事業モデルが優れていても買い手がつかない、または売却価額が下がってしまうことが予想されます。
M&Aでは、買い手が最終契約前にDD(デューデリジェンス:買収監査)を行います。プロの調査人が見抜けばわかってしまうので、隠すことはできないと思ってください。
また、さらに売り手は最終契約時に表明保証条項というのを求められます。「○○○は真実です。保証しますね。」という約束をし、約束違反があれば、最悪損害賠償ということになります。「粉飾決算はしてませんよね、提供した情報は事実ですよね、保証してください。」というようなものです。
したがって、売却側における選択肢は
「①悪い部分は正直に言って、安く売る (破談になることも多くある)」
「②日頃から管理部門を強化して、誰がオーナー経営者になっても、安心して渡せる組織にしておく(安く売らなくて済む)」
の2択なのです。
当然②を選ばないと、ハッピーなリタイヤから遠のくでしょう。100点の中小企業はないに等しいですが、日頃からなるべくコンプライアンス、管理業務の強化は心がけてください。結果的に自分、そして買い手や従業員など周りの幸せにつながります。
ⅱ)顧問の会計事務所さんとのコンビネーションを強くする
M&Aにおいて、財務データは契約価格に最も大きな影響を与える要素のひとつです。
その数値の根拠になる経理処理についての質問は、当然M&Aの面談やDD(デューデリジェンス)などで多くなされます。
社長がしっかりタイプ
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社長が 財務・管理に対して弱い
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会計事務所さんがしっかり
(厳しくも温かいタイプ)
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①理想形
・社長も公私混同がほとんどなく、経理処理のためのルールを守る。
・巡回監査のもと月次決算して、経営のPDCAが毎月回っている。
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②会計事務所さん依存型
・社長が財務に弱いか関心が薄く、BSは読めず、PLの売上利益の把握にとどまる。
・わりと多いケースだが、理想形ではない
(社長主導の財務戦略でなく会計事務所が経営を後方支援している状態)
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会計事務所さんがいまいち
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(そもそも社長が求めるレベルでないため、顧問として契約しない)
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③なあなあ型(どっちも弱い)
・会計事務所も甘い(社長のルール違反にも強く言えない)
・会計事務所も、まずいなと思いながら仕方なく処理
・会計事務所自身がルーズ(会計事務所自身が誠実でない)
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①のような会社さんなら、後継者不在から買い手に譲っても、売り手・買い手ともに安心ですが、少数派であることは否めません。
特に中小企業の場合、オーナー経営者が会計事務所にすべてお任せという体質も多く(上記②の「会計事務所さん依存型」ような状態)、財務といえば決算などでハンコを押すのが社長の仕事になっていることもあります。ただそのときに、会計事務所さんはしっかりと自社の経理処理や財務について把握していて、M&Aアドバイザーからの質問(買い手からの質問含む)・DD(デューデリジェンス:買収監査)での質問にすぐに答えられないと、信頼が得られないばかりか、契約金額の判断も難しいため、M&A成功の確率は下がっていきます。
私の関与した案件でも、売り主さんの会計事務所さんにデューデリジェンス関連の資料提出をお願いすると、毎度不足があり、不足のたびに要求して数週間も出てこないこともありました。また小規模事業者さんほど、毎月の月次決算もできておらず、試算表の数字が異常値だらけというケースも見られます。当然、M&Aにおいてはマイナスな印象しか与えず、相手からの評価もマイナスに作用するかもしれません。
なお、タイトルで顧問の会計事務所さんとのコンビネーションを強くすると書きましたが、会計事務所さんはM&Aに反対の立場を取りやすいポジションであることも頭の片隅に置いておくといいかもしれません。士業業界は事業所数が減るとお客さんが減るという業界です。M&Aで自分の顧問先がなくなる可能性もあり、自分の売上にも影響することもあるでしょう。多くの会計事務所さんは心から事業承継M&Aを応援してくれるはずですが、M&Aで顧問先を失うという利害対立のポジションにいます。心から自社の事業承継について親身になってくれているかを感じ取りながら、会計事務所選びをしないといけないかもしれません。
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